お知らせ
つるかわ学園 平成23年度にあたり理事長よりのご挨拶
「百花、春いたって、たがために開く」、春未だ浅き日、雪降る季節を残している東北に地震が起きました。
そして、津波が押し寄せ、人と家とたくさんあったはずの大切なもの何もかも、奪っていきました。
さらに、安全であること、安心してくださいと説得されていた原発も地震の驚異を防ぐことが出来なく、
津波を防ぐことも出来なく、放射能に脅える修羅場と化しました。
「想定外」と言いますが、何処に基準を置いて想定していたのでしょうか。
やがて、日本の国に「風評被害」も発生させました。そればかりではなく外国にも、
世界中にも恐ろしさが充満している日本の脅威を伝えてしまいました。情報の管理と情報の公開が下手なのでしょうか。
政治主導を豪語し官僚の知恵を必要ともせず我田引水的権力を武器にして、この事さえどこかに知名度を高めようとする魂胆が隠されているのでしょうか。
着のみ着のまま、裸同然で投げ出された生き残った人たちは必死に耐え、
必死に生きざまに挑戦という形で、それこそ東北魂で堪えているのです。
私が体験した昭和二十年三月十日の東京大空襲の焼け野原の荒涼とした景色のない凄惨な風景は、今でも記憶の底に淀んでいます。
東北はまさに、遠くの果てまで続く瓦礫の無常な廃墟が信じられない亡霊のように感じられ茫然として立ち竦むだけです。
壊滅的な被害は自然の猛威の前に防ぎようもなく翻弄されたのでしょうか。
テレビで見た「高田松原」で、たった一本の松の木が奇跡的に耐え抜き、大空に向かって立ち続けているのを見て、
あれは「東北魂」を象徴していると確信しました。その生命力の強さや美しさに感激し、心救われる思いです。
東北の豊かな情景は、きっと鮮やかな色彩と共に必ず蘇ります。その根拠は取材されていた東北の人たちが、我が涙を隠し、
ひたすら笑顔で温かい人たちに感謝している姿です。
圧倒的な喪失感を前にして、水がない、電気がない、医療がない、住がない、家族がいない中、
寒さに震え燃料もなく、車も動かず、救助物資も届かずでした。
それでも、今まで住んでいた町や村、その故郷から逃げることを拒み、帰ってくることを誓い、海を眺め呪う言葉はなく、
海からの恩恵に感謝し、漁師を放棄しない姿を、私は尊敬するのです。
一国の主は、十年、二十年再起は不能とばかり感想を述べたと言いますが「東北魂」は明日戻る夢を捨てていません。
言葉がいかに大切な道具かを知らない人にこの国を任せていいのでしょうか。「がんばろう東北」ではないのです。
東北はひとり残らず頑張っているのですから、この上、そんな言葉を投げかけてほしくはないのです。
「がんばろうは日本」です。
白い砂浜に打ち寄せる群青の海、やがて何ごともなかったように、波を穏やかに繰り返し見せてくれるのでしょう。
時間が経てば日常が戻り記憶は薄れていくのでしょうか。それでも、被災地は「3・11後」を生き抜き、まだまだその怨念は残り消え去ることはないのです。
広島や長崎そして東京、たとえ戦争が理由にせよたくさんの非戦闘員である民間の人間を大量虐殺した事件を忘れてはいけないのです。
あの恐怖と絶望の暗黒から涙も枯れ、悪い事は何もしていなかったのに一瞬にして奪われた命に、私は心から悲しみの合掌をするのです。
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自然災害は誰も文句は言えないのですが、原子力発電所の放射能漏れは、地震・津波の災害に襲われたからとて、それを防げなかったのは人災なのです。
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三月は慌ただしく、そして新年度が始まりました。
学園の桜も今年は少しだけ遅く咲き、満開の花模様を見せてくれました。花は約束とおりに咲き自粛もしません。
三月の理事会で23年度の予算と事業計画が承認されました。
さて、どれほど立派な予算書にしても事業計画にしましても、実行が伴わない限り絵に描いた餅なのです。
実行に移すということは、どの会社でも大切な事実なのです。
どんなサービスを提供できるのでしょうか。利用されている方たちが満足され、ここを選んで良かったという言葉はどうでしょうか、
大意を一言で聞きたいと言われるので、そう答えました。そんな簡単な言葉でなく、もっと薀蓄(うんちく)のあるものを聞かせてほしいと問いかけた方は不満げでした。
青鳥養護学校に小杉長平先生という方がおりました。
訪問した学生が、小杉先生に「知的障害者」とはどういう方ですかと質問しました。
「よくわからない」と先生は答えました。「ひとりひとり違うからな」呟くように言われました。
学生は、期待はずれという顔をしていました。そして「ぞばへ行ってごらん」と言い学生を無視して遠ざかりました。
一朝一夕に分かろうとするのは無理難題です。私も、その言葉が脳裏に残り、50年以上この仕事に携わってきましたが、
小杉先生の言葉は恩師の言葉として宝にしています。
ところで、茶人千利休は、ある人から茶の湯の極意を問われて、
「夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かのように、炭は湯のわくように、茶は服のよきように」と答えたというのです。
問いかけた方は「そんな事でしたら誰にでも出来ます」と不満をまき散らしました。
千利休は涼しげに告げました。
「それなら、わたくしがいま申したとおりに、お手前をしてご覧なさい。この利休が、さっそくあなたに弟子入りをいたしましょう」
利休の言葉は、淡々としていますが静かな叱咤でした。
そうした日常の実践がスタッフに要望されるのです。毎日、ひたむきに生きてきた人々が理不尽にも命を奪われ、被害を受け、苦境にあります。
そのことを背負っている人たちに、きちんと笑顔で挨拶できる一年でありたいと思っています。
障害者になろうとして生まれてきた人はいません。
まして、そのご両親も生涯、そうした人の親になろうとした人はいません。これだけは選んだはずはないのです。
私たちは、人間としての尊厳を忘れず謙虚な姿勢でこの仕事に取り組んでいきます。それが、恵みと礼と勤労の精神です。これを耕していきましょう。
つるかわ学園 理事長 廣本 肇
